関さんの思い出

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関さんこと、関塚監督が辞任した。
何かを成し遂げての勇退でも、成績不振でもなく、病気という中途半端な形で。
まさか、こんな形で突然、別れがやってくるとは、予想もしなかった。検査入院だけどすぐに帰ってくるものだと。
しかし関さんは帰ってこなかった。
不整脈。
今は自分の健康のことだけ考えてほしいなんて、きれいごとを言う気分にはなれない。だって、チームがこんな状態の時こそ、我々は貴方を必要としているのだから。
悲しい。どうしようもない喪失感。
関さんが監督に就任したのは2004年。ノブリン(現柏)が、3年続けて昇格に失敗し、退任した後を浮けて。当然、後任には大きな期待がかかったが、就任したのは名前もよく知らない、眼鏡のサラリーマンみたいなおっさん。「監督実績もないこの人で本当に大丈夫なのか?」と思った。その不安は、ノブリンが積みあげた攻撃サッカーにリアリズムを積みあげることで、解消した。
一方、現実的な勝ちにこだわる采配からは、ゲームとしての面白さもややそがれていたことは否定できない。
しかし、なんとしても昇格するために、我々はそれがベストな解だと信じた。
昇格。そして復帰1年め。
関さんの真価が発揮されるのはここからだ。去年までJ2にいたチームの快進撃。それは、関さんの選手に合わせたチーム造りが成功した証でもある。4バッックが自分のスタイルでありながら、3バックの採用。中村のボランチコンバート。試合前だけでなく、ハーフタイムでの修正も的確。
関さんでなければ、昇格後ここまでの成功は成しえなかった。それは誰もが知っている。
しかし、我々が関さんを愛するのはその能力だけではない。試合後のインタビューで、冒頭に必ずサポーターへの感謝を口にする心配り。そして、他サポーターからは「ファビョる」と酷評された、審判への抗議や批判。しかし、監督が選手達を、チームを擁護してくれなかったら、誰が擁護してくれるというのだ?サポーター、少なくとも私はそんな監督を全面的に信頼している。
常に全力で走ってきた監督。走りすぎてこうなったとは思いたくない。関さん、今までありがとう。でもこれで終わりじゃないよね。我々は復帰を待っています。治して、帰ってきてほしい。どんな形でも。

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このページは、morotaが2008年4月25日 00:28に書いたブログ記事です。

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